筒井 章太(Tsutsui Shota)
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筒井 章太(Tsutsui Shota)

株式会社FoundingBase

Contents Director / 宮津市team
1995年生まれ。北海道滝川市出身。立命館大学人文学部を卒業後、通販メーカーを支援する広告代理店である株式会社ファインドスターに入社。新規開拓営業を経て、株式会社スタートアジアジャパンに出向。中国事業の立ち上げに従事し、20社以上の日本企業の中国進出を支援する。2022年3月FoundingBaseへ入社。京都府宮津市における「クロスワークセンターMIYAZU」を中心とした関係人口創出事業の立ち上げに携わる。

試される大地で見つけた小さな宝、なんでも試す小さな自分。

私は北海道滝川市という町で生まれ、玉ねぎとじゃがいもと大雪に囲まれ育ちました。 マクドナルドが初めて地元に出店した際には、みんな狂喜乱舞し、 ドライブスルーに長蛇の列が出来るような田舎町です。

私は生まれ育ったこの自然豊かなまちが大好きです。
通っていた小学校は隣に川が流れる林があり、毎年校庭でテントを張ってお泊まりし、 キャンプファイヤーをして、夜の林を探検するというイベントがありました。

小4の学校祭では、隣の林からトンボや蝶、クワガタを捕まえ、川で魚を捕まえ教室に解き放ちました。 「猫カフェ」ならぬ「昆虫カフェ」および「金魚すくい」ならぬ「ヤマメすくい」を敢行しお小遣いを稼ぎ、 男子からは称賛を、PTAからは苦情を浴びました。 自分のやりたいことを尊重して、PTAからも守ってくれた当時の担任は今でも私の恩師です。

性格的な部分でいうと、この頃から「好奇心旺盛でなんでもやりたがるが、繊細で過敏。」という相反する二つの性質を持っていました。この性質が故、周りが気づかない地元の魅力を掬い取り、感じることが出来ました。
雪解けの時期の地面が乾き始めた土の匂いと、雪の隙間から見えるふきのとうやつくしの芽生え。お盆明けの熱気と寂寥さが混じった夕方の風と空。など、 五感をフル活用して表情豊かな四季を楽しんでいたことを覚えています。

一方、入部した野球部は集団活動で気を遣いすぎてすぐに辞めてしまうといった脆さもありました。自分の中に内在する二つの感情を自覚し、折り合いをつけられるようになったのはつい最近のことです。

(春になると一面に菜の花が咲き誇る自然豊かなまち、地元滝川市)

暗黒の中学時代と、自分らしさを見つめた高校時代

進学した地元の公立中学は治安が悪く、窓ガラスがよく割れたり、タバコを吸う生徒が複数いるような学校でした。学校を仕切るヤンキーたちにいじめられないよう媚びを売ったり、 迎合するような私の振る舞いが祟って、中学2年の頃からいじめを受けるようになります。

それを救ってくれたのは、3年の時に入った生徒会でした。変人が集まり自分らしさや好きを大切にしている集団で、 いじめられていて根暗モード発動中の自分のこともあるがままに受け入れてくれました。
結局、小学生の頃と同じで、好きなことを好きって言っていい。熱中していいんだっていう場所が一番嬉しい。そして何よりも貴重な場所なんだと気がつきました。

高校では、自分がやってみたいと感じたことに積極的に飛び込みました。 アメリカの姉妹都市への交換留学プログラムに参加し、 NYのタイムズスクエアでは、「わあ、まるで映画の中にいるみたいだあ!」 というあまりにもありがちな感想を抱きます。ここから旅に目覚め、大学時代の大陸横断編へ続きます。

また、高校では昔から興味があった吹奏楽部にも思い切って入部しました。全道大会出場という目標に向かって、大人数でひとつの音楽を奏でることの高揚感。 演奏会でこだまする拍手とお客さんの喜ぶ顔。 エアコンのきかない打楽器庫でみんなでガリガリくんを食べながら一日中過ごした夏休み。 どれも昨日のことのように思い出せます。

自分は、みんなで何かを一緒に成し遂げる。そして、目の前の人が泣いたり笑ったり喜んでくれる。 そんなことに喜びを感じるタイプなんだなと肌で感じました。

(高校時代のホストブラザーとのお別れパーティーでの一幕)

世界を旅し、地域に目覚める大学時代

大学は北海道を飛び出し京都の立命館大学へ、そのまま勢い余って5年間お世話になりました。

高校時代の留学がきっかけで、バックパッカーとして世界中を放浪しました。アメリカ横断中に、首絞め強盗に遭い死にかける。シルクロードを馬で横断中、落馬して死にかける。などなど、何度も危なく辛い経験もしましたが、それ以上に異文化に触れることは刺激的でした。 
現地の人にとっては当たり前の暮らしが、自分にとっては最高に魅力的な固有の文化や体験だったのです。

 一方、文化や価値観、国や肌の色が違っても、人間の持つ普遍的な感情は共通しているとも感じました。信じる神が違っても、日本から遠く1万キロ離れていても、その地の祭りに参加し、肩を組み歌を歌えばそこにいるのは皆同じ人間でした。

そして、これは日本の地方でも構造は同じかもと考え、 伝統芸能が残る限界集落など日本各地を回り始めます。

島根県の唐川という人口数百人の集落との出会いがターニングポイントとなりました。 最寄りの自販機まで歩いて30分かかるような隠れ里ですが、切り立った山の中に突如現れる瓦屋根とお茶畑という風景の美しさは唯一無二だと感じました。

ただし、地元の子供たちにとっては自分の生まれた世界が全てで、自分たちの住む地域の魅力や課題を相対化できておらず自らのアイデンディティを感じにくい状況にあると感じました。

そこで国外の大学生を集めて公民館に寝泊まりしてもらい、2週間ほど地域の暮らしを体験しながら地元の子供たちと一緒に遊ぶという国際キャンプを開催しました。 料理が得意なイタリア人や、IT系の大学に通っている台湾人などが参加してくれたので、「プログラミングを体験する日」、「イタリア料理を一緒に作る日」など彼らの強みを生かしながら子供たちと交流を行いました。

国際キャンプ終了後、子供たちからもらった次の言葉に私は泣きそうになりました。
「人生で一番楽しかった!」「実はプログラミング興味あるかも・・・」「留学してみたい!」
  
この言葉をもらってから、「どんな場所に生まれても、自分の生まれた場所に誇りを持ち、自分は何が好きか、どう生きたいのか知り、選択することができる世界を作りたい」と思うようになりました。

また、参加者たちの中には唐川の自然と人にどっぷりハマり、地元の人と結婚して移住する人も現れました。 ど田舎のまちなので、100人に聞いたら90人はおらこんな村いやだと答えると思います。しかし、残りの10人の人生を変えることのできるポテンシャルを持ったまちだと感じました。

そして、私が知らないだけで、地元も含めてこのようなまちはまだまだ眠っている。 だからこそ、各地域の足元に眠っている固有の宝を掬い取って、必要としている人に届けたい。そう思うようになりました。

(島根県唐川での国際キャンプ。地元の方々との交流の様子)
(高校から大学まで続けた吹奏楽。最後の演奏会の集合写真)

1万回辞めようと思った先に見えた世界。自分も事業を創りたい。

新卒では、通販メーカーをメインに支援する広告代理店に入社しました。 就活口コミサイトの「働きがいのある会社ランキング」でGoogleより上だったというウルトラミーハーな理由です。当時は、自分の想いを具体化出来ておらず、とにかく成長しなければ!というなんとなくの焦りも感じていたと思います。

そんな入社経緯の前職ですが、1年目ではどん底を味わいます。
社内No.1のカリスマ営業マンが直属の上司という恵まれた環境だったにも関わらず、自分と上司の力量差に絶望し、勝手に比較して毎日落ち込んでいました。テレアポをする度に手が震え、当時は粗利や受注数を追い続けることの重要性を理解できず、本気で辞めようと何度も何度も思いました。

しかし、そんな未熟な私を上司は決して見捨てず徹底的に向き合ってくれました。
新卒の同期は、どんな時も私の味方でいてくれ、励ましの言葉をかけ続けてくれました。誰かの真似じゃなく、自分らしさを認めて磨けばCLに貢献できる。彼らのおかげでそう思うことができました。

2年目の途中からは中国事業の立ち上げに参加するチャンスをもらい、中国向け商品の企画開発・マーケティング・広告販売の一連の流れを担当します。 中国ドリームを狙う、中小企業の社長がメインの取引先でした。

これまでの経験や性格から、私は誰かの人生や背中を支えられる、誰かのやりたいを後押しできるパートナーでありたいと思っていました。そして広告代理店はその役割を担っているとも感じていました。

 ただ、自分たちで商品やコンテンツを創り、夢中で事業をしている社長たちと仕事をして考えが変わります。自らが事業を創り、環境を創ることによって、直接手を差し伸べることができる人たちがいる。本当に救いたい人を救うことができる。そして、しっかり稼ぎ、事業として成り立たせることでその人数は内にも外にも増えていく。1年目の上司が言っていた数字の重要性にもここでようやく気づくことができました。

ならば自分も、自分が信じることで事業を行いたい。他の誰かじゃなく、自らの手で自分が創りたい世界を創りたい。と一念発起して転職活動を始めます。

そんな中、出会ったのがfounding baseです。
ミッション、事業内容共にここしかないと思いました。自分自身の人生を通して成し遂げたいことと、会社の目的地が完全に一致している。そんな環境で働けることはとても幸せだと強く感じています。

(退職時に前職の同期が書いてくれた、19卒全員の似顔絵イラスト)

「天橋立」から「宮津」をみんなの目的地に

現在は、日本三景の天橋立で有名な京都府宮津市の拠点の立ち上げに奔走中です。シェアオフィス&コワーキングスペースである『クロスワークセンターMIYAZU』の運営を通し、まちの関係人口創出事業に取り組んでいます。

私は恥ずかしながら、「天橋立」は知っていたものの「宮津市」にあることは知りませんでした。そして、たぶん天橋立以外に何もないまちなんだろうとたかを括っていました。

しかし、実際に宮津に住んでみてその予想は全く的外れなことに気づきました。その地に根づく素晴らしい自然や文化があり、宮津を愛する熱い人々がいました。
今は、そんな宮津の魅力をたくさんの人に知ってもらいたい!という気持ちでいっぱいです。

そんな私の目下の目標は、宮津市を「天橋立のまち」から、「天橋立もある、宮津市」にすること。観光客も、移住定住を検討している人たちも、そしてもちろん宮津市の市民にとってもそう。「宮津」に誇りや魅力を感じ、「宮津」がみんなの目的地や居場所になる。そんな街を皆さんと共に創っていけたらなと思います。

まだまだ、挑戦は始まったばかりです。一歩ずつ地道に愚直に、全力で走り続けていきます!
関西でリモートワークやワーケーション拠点を探している方。何かイベントや事業を行いたい方。ぜひクロスワークセンターMIYAZUに遊びに来てください。

皆さんのお越しを宮津にてお待ちしております!


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