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伊藤 遼太郎(Ito Ryotaro)

観光事業部/豊後高田市
1999年生まれ。千葉県出身。幼少期から通っていた富山県の濃密なコミュニティに興味を持ったのがまちづくりの原体験。高校在学時には地方の人口減少に危機感を持ち、地方創生やコミュニティに関して学ぶ。大学進学後は明治大学にて地域行政を専攻する。
2022年に株式会社FoundingBaseに新卒でジョイン。現在は大分県豊後高田市にて「長崎鼻ビーチリゾート」の運営に携わる。


優しい大人に囲まれ、何も考えずに生きて来られた14年間

幼少期を振り返ると、周囲の優しい大人に恵まれ、何不自由なく育ってきたんだな、と感じます。自分の人生について特に何も悩むことなく生きて来られたということは、本当に幸せなことだったのだと思います。
しかし、中学2年の時に祖父から薦められた『養生訓』という本との出会いがきっかけで人生について深く考える様になりました。それまでの人生で何も考えずに生きてきたことで、「今の自分には社会に出ていった時に戦える武器(強み)が無い」という危機感を覚え、弱い自分を変えるために、単身で1年間の留学にいける高校への進学を決意しました。

留学や学外の活動で世界の広さに衝撃を受け、学ぶことの楽しさを知った高校時代

高校2年次のカナダ留学は周囲に全く日本人が居ない環境で、携帯電話やインターネットを断ち切って生活するという、当時16歳の私にとっては生きていくのが大変な環境でした。しかし、「自分を変えるんだ」という強い信念を胸に様々な苦難の1年を乗り越えた経験は、私にとって大きな自信になっています。また、現地では同世代の友人を作るために教会のグループに所属しました。今まで信仰心とは無縁だった自分が、初めてクリスチャンの方々の独特な価値観に触れたことで強い衝撃を受けたと同時に、自分が知らない世界に飛び込んでいくことの面白さも学びました。

帰国後は、高校のプログラムである「ゼミ活動」に参加しました。アフリカ、ビジネス、ツーリズムなど様々なテーマがある中、私は地方創生を選択しました。その背景には、私が幼少期より通っていた父方の実家である富山県のお祭りや濃密なコミュニティへの関心を持っていたことがあります。豊かなコミュニティや自然などの魅力に溢れるまちが人口減によって廃れてしまうことに危機感を覚え、このテーマを選択しました。活動ではまず知識のインプットをするために地方創生に関する新書を用語を一つずつ調べながら読んだり、業界でご活躍されている方の講演に毎週参加しました。また、実際に学んだことを活かすために茨城県の利根町という自治体を訪問し、まちのイベントの企画などにも関わらせて頂きました。

アメフトにのめり込んだ大学時代

地域に関する学びの意欲が昂じて、大学では地域の課題や仕組みをより体系的に学ぶため、政治経済学部に進学しました。大学において、地域行政の視点や産業振興、中小企業の視点など地域にまつわる多様な観点を学び、一概に地域活性と言っても多くの関わり方がある事を知りました。座学の他にも国連において海外の学生とSDGsに関する議論に参加したり、地域で起業されている経営者の方々とお話しできる授業に参加したりと、自らの視野を広げることに注力しました。
また、4年間所属していたアメリカンフットボール部ではアスリートとして自分のコンディションと向き合い続けた一方、チームの仲間たちとのコミュニケーションにおいて苦労したりと、チームでコトを成し遂げることの大変さを痛感しました。

根拠の無い自信を打ち砕かれ、本当にやりたいことを見つけた就職活動

大学4年次、アメフト部を引退して挑んだ就職活動では、大企業を受けていく周りに流され、また「自分ならいけるでしょ」と根拠のない自信があり、とにかく給料が高くて名の知れた企業ばかりを受けていました。しかし、その中途半端な気持ちが見透かされ、全く上手く行きませんでした。
その後、家族や友人に悩みを打ち明け相談した結果、「一度きりの人生、本当にやりたいことをやればいいんだ」と吹っ切れることが出来ました。

そんな矢先に、FoundingBaseの事を知りました。
面談をして頂く中で、FBの皆さんが地域課題に全力で、愉しみながら取り組む姿勢や地域に密着した仕事内容を知り、就活では忘れていた「コミュニティに携わりたい」という気持ちを思い出しました。そして、「自分がやりたい仕事はこれだ!」と強く感じました。

自分を育ててくれたまちや人に恩返しをしたい

現在は大分県豊後高田市にある「長崎鼻ビーチリゾート」の運営に携わり、新たなコトを作ることで地域の魅力を感じてもらうために尽力しています。観光事業は、自分が工夫した小さな変化がお客様からの口コミや評価としてダイレクトに返ってくるので、とてもやりがいに溢れています。まずは現場業務の運営を任せて頂ける様になり、その後数字も意識していけるようになりたいと考えています。

私の今後の目標は、今まで私を育ててくれた「まち」や人々に恩返しをしたい、ということです。それがどんな形で実現するかは未定ですが、まずは信頼され、成果をあげられる人間になることを目標に向かい努力していきます!


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