佐久間 柚衣 (Sakuma Yui)
観光事業部 / 朝倉市
1998年10月17日生まれ。福島県いわき市出身。立命館大学文学部卒。在学中からインターンやボランティアを通し被災地、限界集落、離島等に入り込み、地域活性化に取り組む。卒業後は石垣島、京都で宿泊事業に従事。大学の先輩からの誘いで2022年11月Founding Base入社し、豊後高田市の長崎鼻ビーチリゾートにジョイン。2023年12月から福岡県朝倉市で活動中。
誰のために頑張るの?
誰もが「住んで良かった、住み続けたい」と思える魅力に溢れた「いわき」
そんないわき市の海側、浜通りに生まれた私は、親族からそれはそれは可愛がられて育ちました。
兄と弟を持つ真ん中っ子である私は、広い実家の敷地の中で自然と触れ合いながらのびのびと、祖母の畑仕事を手伝ったり、虫取りをしたり、鬼ごっこで駆け回ったりと元気いっぱいの幼少期を過ごしました。両親は様々な場所へ私たち兄弟を連れ出し、釣りやキャンプ等のスタンダードなものから埴輪作りや化石の発掘といった少し変わったものまで、人生の糧になる体験をさせてくれました。
そんな充実した幼少期ですが、様々な知識や経験に比例してプレッシャーを感じる様になります。
何かのコンクールで入選した、模試でいい点数をとった、学校の先生に褒められた…そうやって小さな功績を重ねる度に聞こえてくる期待とお褒めの言葉。私が功績を残す事を周囲が望んでいる。田舎町の子供にとっては「私が頑張ると褒められるしみんな嬉しそう、頑張らなきゃ」で世界が完結していました。
期待に応えたい幼少期を経て、中学で吹奏楽に出逢います。
それまで周囲の期待に応えるため頑張ってきた私に、自分のために頑張ることを教えてくれた世界でした。50人以上の仲間と共に一年かけてたった12分の作品を作る感動…元々ピアノを習っていた事と単純作業をする(基礎を積み上げる)事が好きだった事もあり、見事にどハマり。家へは寝に帰るだけといった生活を約6年続け、コンクールでは全国大会金賞受賞という悲願も達成。その勢いのまま、部活動推薦にて大学進学を果たすこととなります。
「将来の夢」
ここまでの18年はまさに家族と吹奏楽の為に過ごしてきましたが、大学進学を機に感じたのは「私、吹奏楽しか知らない」という焦燥でした。
勿論、大学部活動での仲間たちと音楽作品を作る日々は、汗と涙とヨダレと笑顔にまみれた青春でしたが、一方でこれから就活をして社会に出ていくに当たり必要なものを何も持っていないのでは?自分は将来何がしたいんだ?という不安に苛まれました。
取り敢えず何かそれっぽい事をしなければ…そう思って大学のインターン紹介窓口に駆け込んで出会ったのが「復興創生インターン」。
復興庁が主催で行われた、東日本大震災被災地の企業へ学生が派遣されて地域や企業の課題を解決するという少し特殊なインターンなのですが、これを機に地元いわき市に出戻りすることになりました。
外部者として地元で過ごした1ヶ月。それは、18歳までの自分は気づけなかった街の魅力に気づいた1ヶ月でした。
街を衰退させまいとする人々の繋がりや活動、知らなかった観光地や地元知識や政治的な事情など、当時の私には衝撃的で「知らない事を知れる」という喜びと地元の輝きを強く感じました。
そうやって私が感動を感じた様に、未来の学生に感動を感じてほしい。
知らない事を知る感動、自分の好きを連鎖させられる環境、多種多様な人間が出会える場所…それらを私が作りたい。漠然と「将来の夢」が見えてきたインターンでした。
こうして始まった、地方創生への興味。沖縄の離島や内地の限界集落に入り込んで行くインターン等に積極的に参加する様になり、新たな世界を知る日々。夢は大きくなるばかりでした。
超えられない壁
就活では観光業界を志望。まずは感動を「伝える」側面から仕事をしてみたいと考えたからです。しかし就活に被るタイミングでコロナ禍突入…絶望でした。業界的に最も打撃を喰らっており、採用人数縮小や内定取消し、せっかく最終面接まで進んでも「最終面接まで進めた」ことが嬉しくて面接で号泣し落選するなど、業界を絞っていた事も相まって散々な結果でした。
そうして私が選んだのはフリーター。「やりたいこと=夢」さえ軸に持っていれば、正社員じゃなくてもいいじゃん。そう思って約1年半、沖縄と京都でアルバイトの立場から夢へ向けて”働く”と"知識&経験"を学びます。
「最強のサブ」なんて言われるほど、限りなく正社員に近い仕事を任せていただいた勤務先もありました。一緒に働くスタッフは良い人ばかりでやり甲斐もありましたが「もっとココを改善できる」「もっとこうした方が効率が良いのでは」と思って上司に提出する企画書や提案は、ことごとく却下されました。
任される仕事はこなしているのに、私の提案は「それはバイトのやるべき事じゃない」とハッキリ線引きされている。超えられそうで超えられない線を眺めながら思ったのは、「正社員になりたい」でした。
自分の頑張りに見合った発言権と裁量権を得る為に、夢へ向けた学びを効率化する為に、一生を捧げて務めたいと思える様な企業を探して転職活動をスタートさせた…のですが、一瞬で転職完了することになります。
すでにFoundingBaseで勤めている大学部活動の先輩が、私の転職活動時期にちょうどお声かけくださりました。
突然の事で詳しくは分かりませんでしたが取り敢えずFoundingBaseを検索してみると、地方共創、移住、ビーチリゾート等々…HPで出てくる文字は就活&転活で見かけた事がない程わたしのツボにどハマり。
地域おこしや地方創生系を志す学生にとってここまでピッタリな企業は他にないなぁ…なんて思っていたら、あれよあれよと採用が進み、気づいたら移住、転職が完了していました。
今の私、楽しんでる。
あれよあれよで気づけば、大分県豊後高田市の長崎鼻ビーチリゾートにて、「お客様にとって思い出に残る1日を」を考える日々が始まりました。どんなお客様だろう、何を求めていらっしゃったんだろう、この滞在がこの先の生活にどんな影響を与えるんだろう...お客様1人1人について考える機会と、自発性が求められることがとても多いです。だからこそ、自分の欲しかった裁量権と多方向からの学びが大きく、今の自分は「楽しんで」仕事をしている感じがします。
小さな事ですが「ありがとう」の言葉と共にお客様の笑顔を見られると嬉しくなりますし、自分達の施設が誰かの思い出に残るなんてロマンチックじゃないですか?
いずれは人と人が繋がれるイベントを開催できたら…なんて勝手に考えています。
自分の夢へ向けた一歩として、アウトドア宿泊を通してお客様の笑顔を拝見できる毎日を、楽しく過ごしています。