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磯尾 悠真(Isoo Yuma)

スペース&ツアー事業部/富良野市
1990年6月生まれ。京都府舞鶴市出身。龍谷大学にてコミュニティマネジメントを専攻。在学中は学業以上にNGO団体の活動に熱中し、フィリピンの貧困問題の学習と開発教育に取り組む。卒業後は株式会社USENに法人営業として入社し、その後大阪のプロバスケットボールチームでスポンサー営業に従事。その後より地域に密着した仕事がしたいと考え、2022年6月に株式会社FoundingBaseにジョイン。北海道富良野市でワーケーション推進を行っている。


落ち着きのない幼少期

典型的なよく学校にいる「落ち着きがない運動好きの、勉強嫌い」な子どもでした。幼い頃はとにかく謎に走り回っていて、意味もなくのど飴を舐めていて、しょっちゅう喉に詰まらせていたことを覚えています。

また小学校入学と共に神戸市北区に引越し、落ち着きのなさと運動好きの勉強嫌いに拍車がかかりました。
小学生時代は習い事に「野球」「サ ッカー」「テニス」「陸上」と「公文」をしていました。 運動に関しては「午前中にサッカーの試合!終わったら午後から野球の試合!」とかなりハイブリッドな生活をしていても苦にならなかったのですが、とにかく公文にだけは行きたくなくて「いかにサボるか」だけを考えていました。
学校では校内をとにかく走り回っていたので校舎の壁やガラスを割ってしまったり、小さな穴に指を入れて抜けなくなったり、とにかく落ち着きがなかった子ども時代でした。

中学の時は野球のクラブチームにスカウトしてもらい、高校へも野球のスポーツ推薦で入学をしていたので、「将来はスポーツ関係の仕事に就くんだろうな」と思っていました。

「海外って面白い!」とどハマりした大学時代

大学へは怪我をしたこともありスポーツ推薦を断り、一般入試で受験しました。ただ今まで全く勉強してこなかった分、浪人生となり人生で初めて勉強をすることになりました。

予備校では入塾時は底辺の成績でしたが、なんとか合格ができ、「すぐにアメリカへメジャーリーグを観に行きたい!」と思いつつも、大したお金もないことから早々にアメリカ行きを断念することになりました。
そんな時「フィリピンスタディーツアー」というものをゼミの先輩から紹介してもらい、とにかく海外に行ってみたかったのですぐに参加することにしました。

初めての海外だったので浮かれて参加をしたのですが、初日から物乞いにあい、貧困地区のごみ山(通称スモーキーマウンテン)で生活する人たちのもとで1泊し、病院や学校にすら満足にいけない子どもたちを目の当たりにして、初めて「貧しさ」とはどういったことなのかを痛感しました。
それと同時にフィリピンでは「都市部」と「スラム」とが街の中で混在していること、貧困と言っても「都市貧困」と「農村貧困」の違いなど地域によって状況が全く異なることに興味を持ちました。

「今の自分の衝撃と想いを誰かに話したい!」との想いから主催のNGO団体にボランティアスタッフとして所属させてもらいました。その後はスタディツアーのサポートをする為、夏休みや春休みは基本的にフィリピンに行っていました。また同時期に「海外で先進国の貧困問題を知りたい!」ともおもいアメリカへいったり、帰国後は「もっと多くの価値観に触れたい!」と大学が管理している留学生寮チューターとなり、留学生の「日本の捉え方の違い」の話を聞き、よくわからないながらも充実感に浸っていました。

何者かになれると思っていた空っぽの自分

そんなこんなで気がつけば就職活動をする時期に入っていました。
「自分は色々経験してきたから一味違う人材のはず!」と勘違いしていたので、初めての面接で「それで、結局これから君は何をしたいの?」と聞かれると何も言えない自分がいました。

「そのうち何者かになれる。」

「何になりたい、何をしたい」が決まっていないので「何者」もありませんが、改めて振り返ると本当の意味でやりたいことをやったことがないことに気がつきました。

そんな状態でとりあえず社会人デビューを果たしますが、特に目標もないので基本的にやる気が無く、なんとなく働いていました。

6年越しでFoundingBaseへ

新卒入社して1年半ほど経った頃にFoundingBaseと出会える機会があり、諸々話を聞く中で一度津和野町のプロジェクトを見学させてもらえることになりました。

大学の専攻が地域活性化だったので楽しみに津和野町へ行ったのですが、現地では自分の想いや、やりたいことを語っている人ばかりで、自分の事を語る以前に今の仕事とすら向き合っていないことに恥ずかしくなりました。

ただこの時のおかげで「まずは目の前のことをしっかり取り組もう」とおもえるようになり、一旦FoundingBaseへの参加は遠慮させてもらいました。

その後、猛烈に尊敬できる上司の下で働かせてもらえ、「もう少しチャレンジしてみたい」と思い、興味のあったプロスポーツ業界へ転職しました。

最初はスポーツ業界に華やかなイメージを持っていましたが、営業という意味では仕事自体に大きな違いはありませんでした。
ただ今までと営業手法が全く異なり、最初から社長宛にアポイントを取り、場合によってはその日、その場で初対面ながら数百万円の契約が成立することに「同じ営業でもここまで違うのか」と思っていました。
バリバリの営業会社だったので毎日の数字の追い込みがきつく、しんどいことが多かったですが、改めて新規営業の基礎を叩き込んでもらえたと思っています。

転職して数年経った頃にチームとして地域貢献活動とビジネスを絡めた取り組みを積極的に行うようになりました。「地域」「クライアント」「チーム」が掛け合わさり、三方良しのビジネススタイルになっていることに面白さを感じるようになり、もっと地域に密着した仕事がしたいと思うようになりました。

そんな時FoundingBaseのことを思い出し「一度びびって逃げてしまったけど、どうせなら一回連絡を取ってみよう」と思い、結果7年越しでお世話になることに決めました。

みんなで遠くまで行きたい

入社理由としては元々事業に興味があったことや、経営理念・行動指針に共感したこともありますが、1番の理由は「早く行きたければ、ひとりで行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。」という言葉が一番刺さったことにあります。

営業をしている中で成果を給与や昇格という形で正当に評価してもらえるのは嬉しかったのですが、仕事をしている根本のところでどこか孤独感がありました。ですがFoundingBaseにはみんなで目標に向かっている感覚を入社して数ヶ月ながらも感じることができています。

「富良野発信のサービスを他府県にも展開できるようにする」という今は小さな目標だけですが、これからもっと遠くの、みんながいるからこそ、そして地域の人たちがいるからこそ目指せる目標を自分でも描き、全力でチャレンジしたいと思います。


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