北海道の太平洋側に突き出た日高山脈の最南端に位置し、風光明媚な襟裳岬を有する北海道えりも町。太平洋の豊かな恵みを受けた漁業のまちであり、約3,800人の町民が暮らしています。しかし、多くの自治体と同様に、進学や就職等による若年層の転出超過と人口減少に直面しています。
2017年6月に就任した大西正紀町長が掲げるスローガンは「子どもから高齢者までやさしいまちづくり」。
就任直後には前町長時代に進めていた大型複合施設の建設計画を中止するという大きな決断を下し、その財源を住民に直接届ける施策へ投資する方向に舵を切りました。
「人口を増やすことに躍起になるのではなく、今住んでいる町民が『この町に住んでよかった』と思えるまちづくりを進めたい」
役場時代に総務や議会などの立場から町を俯瞰し続けてきた大西町長に、その決断の背景と、これからのえりも町が目指す姿を伺いました。
行政サービスがどう届いているか。町を俯瞰し続けた役場時代
―大西町長は、役場職員として長年行政の現場を歩まれてきました。ご自身のまちづくりの考え方の原点となった経験についてお聞かせください。
大西町長: 役場時代は、総務や税務、教育委員会、議会といった部署を経験しました。 福祉や観光のように、町民の方々と直接現場で接する機会の少ない部署ばかりです。
しかし、直接相対しないからこそ、「行政サービスは誰にどう届いているのか」「行政として町民のために何ができるのか」を、一歩引いた視点から俯瞰し、問い続けることができました。この「町全体を客観的に見つめる視点」が、私のまちづくりの原点になっています。
―副町長を経て町長に就任されました。町長を志したきっかけは何だったのでしょうか。
大西町長:正直に言えば、最初から自分が町長になるとは思っていませんでした。役場を定年退職したら、ゆっくりとお遍路に行く夢を持っていたくらいです。
ですが、前町長が退任されることが決まったあと、しばらくの間、次期町長に手をあげる人がいませんでした。、そうした中で、ある町民の方から「これまで副町長としての立場で行政にいた以上、まちを動かしていかなければいけない立場ではないか?」という話をされ、「副町長を務めてきた以上、町長として立ち、この町の未来に責任を持たなければならない」と腹をくくりました。それが大きな人生の転機でしたね。
大型複合施設建設計画を中止。「今住む人へ還元する」決断
―町長就任時に「子どもから高齢者までやさしいまちづくり」というスローガンを掲げられました。改めて、この言葉に込めた思いをお聞かせください。
大西町長: 誰しも子ども時代を経て大人になり、いずれ高齢者になります。だからこそ、子どもや高齢者を支援することは、現役世代の将来の不安を和らげることにも直結します。巡り巡って全世代の安心につながるという思いから、このスローガンを掲げました。
―その思いが、複合施設の建設計画中止という難しい決断に繋がったのですね。
大西町長:そうです。当時、前町長が進めていた公民館や図書館などが一体となった大型複合施設の建設計画がありました。副町長として計画自体は知っていましたが、将来的に人口がピーク時の8割まで減少していた中で、巨額の借金を子どもたちの代に残してでも新たな箱物(ハード)をつくることが本当に正しいのか、日夜考えていました。
最終的に熟慮の末、この建設計画は中止する判断をしました。当然、町議会からは設計段階に進んでいた中で中止することに対する責任を問われました。副町長時代からの流れを考えれば当然のことです。しかし、それでも町長としての私の判断は変えませんでした。ハードに使うはずだった財源は、今ここで暮らしている町民の生活に直接届くソフト事業に今は充てるべきだと考えたからです。
困っている人の力になる。町民の手に直接届くソフト施策の実装
―町長という立場になり、具体的にどのような「町民に直接届く施策」を進めてきたのでしょうか。
大西町長: 例えば、えりも町には人工透析を受けている患者が多くいらっしゃいますが、町内の病院では対応できず、隣町の病院まで通院しなければなりません。しかし、接続する国道は荒天になるとすぐに通行止めになります。天候悪化のたびに自家用車やホテルに前泊せざるを得ない切実な現状を知り、安心・安全に通院できるよう、宿泊費の全額助成制度を立ち上げました。
また、北海道の厳しい冬を乗り越えるために「冬期生活支援給付金(福祉灯油)」として、高齢者やひとり親など非課税世帯への灯油代を支援しています。
さらに学校給食の全額無償化や、帯状疱疹ワクチンの費用半額助成に国が補助を始める前から取り組むなど、住民が安心して暮らせる環境に直結する支援を実装しました。
1つ1つの助成だけをみた場合、対象となる人数は町全体から見れば決して多くないかもしれません。それでも、少数であっても困っている人が現実にいるのなら、その方の力になりたい。「ここに住み続けてよかった」と感じてもらうために行政ができることは、そうした手触りのある一つひとつの支援なんです。
ソフト事業に取り組んだ先の「次への余力」
―計画の中止から9年が経ちました。財政面や町の経営にはどのような変化がありましたか。
大西町長: 大型施設をつくっていれば、毎年何千万円という返済が何年も続いていたはずです。
計画を中止したこの9年間で、町の公債費(借金)を大幅に減らし、ご家庭でいう貯金にあたる「基金」をしっかり積み増すことができました。ハードをつくらず、今暮らしている町民のために使ったからこそ、財政的な健全性と「次への余力」が生まれたんです。
今後はこの蓄えた財源も活かしながら、その時々の時代のニーズに合わせて、必要なハード改修やソフト事業を柔軟に見極めて投資していきたいと考えています。
まちを維持するための「外貨と担い手」。基幹産業を維持しながら、民間共創にも力を入れていく

―町民の暮らしを守り続けるためには、まちの維持・継続に必要な「外貨獲得」や「担い手確保」も重要になってきますね。
大西町長: その通りです。だからこそ、基幹産業である漁業(一次産業)の支援と、観光振興には強い危機感を持って取り組んでいます。
えりも町は町民の7〜8割が何らかの形の漁業に関わる「漁業の町」です。海水温上昇による昆布漁への影響対策や、後継者不足という課題に対し、行政としてできる限りの積極支援を行っています。 漁業は制度上、他地域からの移住者がすぐに参入する世界ではありませんが、基盤産業がしっかりしていれば、自ずと人はこの地域に残ります。漁業を守るということは、まちの暮らしの根幹を守ることと同義なのです。
―もう一つの軸である観光振興においてはどのような変化やアプローチを行っていきますか。
大西町長:現在、新たな「観光まちづくり振興計画」の策定を進めていますが、日高山脈襟裳十勝国立公園の指定などを活かした通過型から滞在型観光へのシフト、インバウンド対応などは、行政の発想だけでは限界があります。
大きな気づきとなったのが、「百人浜オートキャンプ場」の外部(民間)事業者の参入でした。民間事業者が入った際、利用料金の引き上げを行いました。行政の発想だと「値上げすれば利用者が減るのではないか」と恐れてしまいますが、結果的に満足度が上がり、利用者は減りませんでした。
行政にはなかった「価値を高めて適正な対価を得る」という民間の視点と自由な発想が入ることで、えりも町に潜んでいる魅力が引き出されたと感じています。策定中の観光計画をもとに、今後は滞在型観光や受け入れ態勢の整備など、行政だけでは難しい領域に民間の知恵とパワ―をどんどん取り入れていきたいと考えています。
いま住む人が「住んでよかった」と言える未来へ
―最後になりますが、町長が描く「未来のえりも町の姿」をお聞かせください。
大西町長: えりも町も、将来的に人口がさらに減少していくことは避けられません。 しかし、世の中の多くの取り組みを見ていると、「なんとか人口を増やそう」としている。それは全国で限られたパイを奪い合っているだけで、どこかが増えれば、どこかが必ず減っています。
人口が5,000人だから幸せで、3,000人に減ったら不幸せなのかといえば、絶対にそんなことはありません。最終的に人口が減っていったとしても、今ここに住んでいる住民が「この町で暮らせて良かった」「これからも住み続けたい」と満足感と誇りを持って暮らせることこそが、最も大切だと考えています。
人口を増やすための施策にエネルギーを費やすのではなく、今暮らしている町民の生活と幸せを守り抜く。これからもその軸をブレさせず、誇りあるえりも町の未来をつくっていきます。
※この記事は2026年10月時点の情報です。
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