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塩井 花梨(Shioi Karin)

教育事業部/大子町
2001年4月生まれ。滋賀県大津市出身。高校卒業後、立命館大学国際関係学部へ進学し、国際社会で生じている諸課題を政治学、経済学、社会学など多角的な視点から学ぶ。大学時代は、立命館大学サービスラーニングセンターの学生コーディネーターとして学生の地域参加と学びをサポートする活動を行い、自身もボランティア活動に取り組む。2024年に新卒としてFoundingBaseにジョインし、大子町の教育事業に携わっている。

海外で育った幼少期

2001年、私は3人兄弟の末っ子として生まれました。父の仕事の関係でシンガポールで生まれ、3歳まで育ちました。シンガポールで過ごした日々はあまり記憶にないのですが、ただ写真を見返すと、多国籍な子どもたちと一緒に楽しく遊んでいたことがよく分かります。記憶にはないけど、何となく「海外」が身近な存在に感じていたのは、海外で生まれ、幼少期を過ごしたことが理由なのだと思います。どんな子だったか母に聞いてみると、「きゃぴきゃぴしてない子」と言われました。確かに、昔から今でも周りの同い年の子と比べると、落ち着いた子だったのだと思います。

きゃぴきゃぴしてるときもあります。笑

部活動での楽しさと葛藤

シンガポールを離れて、4歳から大学卒業までは滋賀県大津市で過ごしました。小、中、高校と地元の学校に通い、平穏な日常を過ごしていました。中学は卓球部、高校はアイススケート部という変わった部活に所属しました。卓球部は、夏は暑く、冬は寒い体育館の屋根裏のような場所で練習をしたこと、休憩中に皆遊びを楽しんだ思い出が強いです。アイススケート部は、スケートの楽しさと、人間関係やチームとして動くことの難しさを感じた思い出です。

私が入部したアイススケート部は、全国で唯一シンクロナイズドスケーティングをしている部活でした。シンクロといえば、シンクロナイズドスイミングが思い浮かべると思いますが、その氷上版と思ってもらえれば分かりやすいかと思います。いわゆる集団でやるフィギュアスケートのような感じです。見てみても、やっていても迫力があってとても面白いスポーツです。スケートは全くの初心者でしたが、「できない」が「できる」になる感覚や、氷上で涼しい風を感じながら滑る感覚、スケートリンクの匂いや冷たさ、氷が削られる音もすごく好きでした。

一方で、悩むことも多かったです。それは人間関係の悩みでした。部員の部活に対しての想いの違いや顧問の先生と部員との意見の食い違い。私はただシンクロを皆と楽しくしたいと思っているだけなのに、それができない状況に苦しむ時期でもありました。

価値観が変わるきっかけとなった「紛争鉱物」の話

部活を引退し本格的に受験モードに入った高校3年生の夏休みになると、いくつか志望する大学のオープンキャンパスに行きました。気になる国際関係学部がある大学にも足を運びました。京都にある立命館大学のオープンキャンパスでは国際関係学部の教授によるミニ講義を受講することができました。その講義が私の価値観を変えるきっかけとなりました。

その講義のテーマは「紛争鉱物」でした。

紛争鉱物とは、武装勢力の資金源となって人権侵害や紛争の長期化、深刻化を助長している鉱物のことです。この紛争鉱物は、何に使われているのかというと、私たちが普段使っているスマートフォンやパソコンなどの電子機器を作るために使われているといった講義の内容でした。

物理的にも、心理的にも遠い存在と感じていた紛争が、こんなにも身近なことだったんだ。社会と私って繋がっているんだと、衝撃で、これは知らないといけない、忘れてはいけないと感じて、必死にメモしました。その講義を聴き終えたときには、この大学の国際関係学部に入学して、こういう社会のことをもっと学びたい、この先生の授業をまた聴きたいと思い、第一志望校にすることを決めました。

価値観の変化が大きかった大学生活

2020年2月、無事第一志望の大学に合格。そしてこの頃から徐々に、世界で新型コロナウイルスが蔓延し始め、その波は日本にも流れてきました。

入学式延期の連絡。授業開始も遅れる。この先の大学生活はどうなるのか?間違いなく、想像していたキャンパスライフは送れないことは感じていました。例年から遅れて授業は始まりました。すべてオンラインでの授業です。オンラインでの授業、課題だけに追われる日々を悶々として過ごしていました。秋学期に入り、なにか団体に入りたい!仲間が欲しい!と思っていたころに、たまたまサービスラーニングセンター学生コーディネーターの募集を見つけ、活動を始めることになりました。

サービスラーニングセンターは、立命館大学にあるボランティアセンターを発展した形で設立された、地域の課題解決と学生の成長をサポートする機関です。そのサービスラーニングセンターに所属する学生コーディネーターは、学生と同じ立場で学び、支え合うピアサポーターとしての役割をもつ学生スタッフのことを言います。学生に対するボランティア相談やボランティアの体験プログラムの企画運営、サービスラーニングセンターが開講する正課授業のサポートなどを行いました。

ここでは多くの経験と出会いがありました。地域に出てボランティアをすることで、キャンパス、家、バイト先のような普段の学生生活では出会えない年齢も所属も異なる人たちと出会うことができました。そのような出会いが楽しくて、さまざまな分野のボランティアに参加しました。多様な人たちと関わり、いろんな大人たちの人生や価値観を知っていくことは、自分の将来の選択肢が広がっていくような感覚もありました。

キャンパスのある京都だけでなく、自分の住んでいる滋賀県にも目を向けるようになりました。サービスラーニングセンターの職員さんに紹介してもらった地元の学童では、子どもたち自身がファシリテーションをして、その日の議題について話し合って、子どもたちで決めるという「子ども自治」を実践していました。こんな身近な場所で、面白い取り組みをしている大人や子どもたちに真剣に向き合う大人がいること、学校とは違う角度から教育に関わることができ、教育を変えることができるのだということを学びました。

また学童と同じ場所で、週に1回子どもたちと夜ご飯を食べたり、勉強したり、遊んだりして過ごす居場所づくりも行っていました。私はそのボランティアに毎週通っていて、その場で子どもたちと過ごす時間が大好きでした。子どもたちはそれぞれに好きなことや嫌いなこと、得意なことや苦手なことがあります。私は近くで子どもたちを見ていて、子どもたちの好きなもの・ことに夢中になる姿にいつもワクワクしていました。

節分の日に鬼役をしてくれました。笑

さまざまなボランティア活動の中でも印象に残っているのは、東日本大震災の被災地での活動です。岩手県大船渡市で「盛町灯ろう七夕まつり」の担い手の一員として祭りの準備から当日の運営、片付けまでを行ったり、福島県いわき市で農園ボランティアをしたりと、ボランティアを通じて現地の方たちと交流できただけでなく、伝承館や震災遺構の小学校を訪問し、2011年に起こった東日本大震災についても触れる機会となりました。

被災地での活動を通じて感じたことは、現地に行かないと分からないことがたくさんあるということです。市役所職員の方との会話の中で、「震災当時はご遺体を運ぶ仕事もした。陸前高田の知り合いの職員も亡くなった」という話をお話してくださり、その話のあとには「あれからもう12年経ったのか...」という言葉をこぼされました。どんなにまちが綺麗になっても、復興したように見えても、被災したという経験は消えることはない、その人の中で残り続けるのだということ、そしてその経験は見た目だけでは分からない、見えない部分であるということを実感しました。

「盛町灯ろう七夕まつり」でお世話になった吉野町の美しい山車

Think globally, act locally(地球規模で考え、地域で行動する)

学生コーディネーターとして地域に関わりながら、国際関係学部の学生としては、国際社会で生じている貧困、紛争、環境、ジェンダーなどのさまざまな社会課題を広く学んでいきました。

そのような身近な「地域」という小さな社会と、日本や世界といった大きな社会のどちらにも関心を持ちながら学生生活を送る中で、「地域社会と国際社会で起きていることのどちらにも目を向けていきたい」そして、「地域で行動できる人で在りたい」と考えるようになりました。

そのように考え始めたきっかけは、2回生で受講したフェアトレードを学ぶフィールドワークの授業での学びからです。この授業の中で、フェアトレードをまちぐるみで推進しているフェアトレードタウンの方々からお話を伺ったり、フェアトレードタウン認定を目指す武蔵野市を訪問させていただきました。武蔵野市を訪問した際に、「ウェルフェアトレード」という言葉に出会いました。ウェルフェア(福祉)とフェアトレードを掛け合わせた言葉です。障害のある方が作る商品がフェアに取引されていない現状を教えてもらい、国内でのモノの取引に対しても「フェアトレード」の考え方が必要なのだと学びました。

もう一つ印象的だったのは、フェアトレードは第三の選択肢であるということです。まずは「自産自消」、次に「地産地消」「国産国消」、最後にフェアトレードという考え方です。この考え方を知り、途上国で起きている悲惨な出来事は、そのモノがどのように、誰が作ったのかが見えづらいからこそ生まれていて、それぞれの地域が自律し、地域内で経済が循環していくこと、顔の見える関係を築くことで減らしていけるのではないかと考えるようになりました。

フェアトレードの授業を通じて、身近なところからフェアトレードは実践していけることに気づき、いつの日か大学の教授に教えてもらった ”Think globally, act locally” という言葉がしっくりくるようになりました。私はこれから「地球規模で考え、地域で行動する」という生き方をしていきたいと思っています。

社会を良くする仕事がしたい。でも自分に何ができるのか?何がしたいのか?

大学3回生の夏になると、周囲が就活に向けて動いていきました。同じ学部の同級生には、コロナ禍で行けなかった留学をするために休学するという子も多くいました。私は、休学してインターンや留学をすることを視野にいれながら、何を仕事にしたいのか、どんな人のために働きたいか、どんな人生を歩んでいきたいかを真剣に考えました。

紛争鉱物のことを知り、フェアトレードを学ぶ中で漠然と「社会を良くする仕事がしたい」とは考えていました。でもどの分野でどのようなやり方で働きたいかは固まっていませんでした。

学生生活を振り返りながら考えていくと、私は、学生コーディネーターの活動や居場所づくりのボランティアを通じて、人の「好き」を応援することが好きであること、社会で起きているさまざまな問題は「教育」で変えられると考えていることから、教育を仕事にしたいと考えるようになりました。

そんなときにFoundingBaseの教育事業のインターン募集のページを見つけました。「地域や人生をじぶんごとにできる人を増やす地域×教育の仕事」という言葉や、地域に入り込んで、地域の人たちと共に事業を創り、地域の違いを反映しながら事業を進めていくFoundingBaseの在り方に惹かれ、社員の方のお話を聞くことにしました。

教育事業で働く社員の方たちとお話をする中で、教育事業で行う取り組みにワクワクを感じ、「地域教育に対して真剣に向き合う経験をしたい」という想いが強くなったことから、選考を受けることを決めました。最終的には、休学してインターンではなく、新卒として入社をすることになりました。

春から茨城県大子町へ

春からは茨城県大子町の高校生向けの公営塾「ことのば」のスタッフとして働きます。新しい環境、人との出会いに緊張している部分もありますが、それ以上に、どんな子どもたちがいるのか、どんなまちの魅力があるのか、ワクワクを感じています。

学生時代に学んだ地域に出ることの面白さを子どもたちと一緒に感じながら、目の前の子どもたちに真剣に向き合っていきたいと思います。どんな言葉や話、出会いが子どもたちに届き、人生が広がるきっかけになるかは分からないけれど、子どもたちと接する日常から小さな種を蒔いていき、子どもたちの選択肢を広げ、子どもたちの挑戦を応援する伴走者で在りたいと考えています。

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