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大脇 政人(Ohwaki Masato)

Community Manager /  三条team
1993年生まれ。島根県隠岐郡海士町出身。人口2400人の島で育ち、
高校卒業後、早稲田大学社会科学部でまちづくりを 専攻。
大学で学んだことを実践するため大学を休学し、沖縄県久米島町に地域おこし協力隊として入り、 町営塾を立ち上げる。その後、新卒でリンクアンドモチベーショングループ(東証一部上場)に就職。
企業のコーポレートブランディングの支援を行い、紙・映像の企画・制作を担当。
2020年1月、FoundingBase入社。Managerとして、新潟県三条市で活動中。

まちづくり最先端の町で感じた「大人の覚悟」

「僕は30歳で海士町の町長になる。そのために、大学で学び、またここに帰ってくる。」そう言って、地元の島から飛び出したのが18歳の時でした。26歳になった今、FoundingBase社員として新潟県の三条市で活動しています。なぜ今三条なのか、なぜFoundingBaseだったのかを、綴りたいと思います。

 僕が生まれた島は、人口2,400人の日本海に浮かぶ小さな島。コンビニも、駅もない。夕張の次に財政破綻をするんじゃないか、と言われ続けてきた場所で育ちました。でも、僕から見えていた町の景色は、「消滅していく、さびれた町」ではなく、「生き残るために知恵を出し合う、本気の町」でした。今でこそ海士町はまちづくりの最先端事例として語られることが多いですが、そのプロセスを身近で感じてきた1人でした。

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「大人が本気」なら「子どもも本気」に。

財政破綻を乗り越えるため、町長が自身の給与を50%カット、そのほかの職員も給与をカットし、攻めと守りの行政政策を実施。その中の一つに、「高校魅力化プロジェクト(*)」がありました。当時中学3年生だった僕はその取り組みに興味を持ち、島に一つしかない高校、隠岐島前高校へと進学しました。当時は偏差値39で、毎年定員割れ。僕の同級生も30名前後と、「魅力的」な高校とは、なかなか言えない場所でした。

 しかし、少しずつでしたが、カリキュラム、学習塾、制度がどんどん出来上がっていき、新しい取り組みが行われていきました。「大人が本気なのに、子どもは受け身でいいのか?」そういった疑問が、町の様子の変化、大人たちの覚悟を知る中で、心の中で湧き上がってきました。

(*)高校魅力化プロジェクトとは?
高校が廃校になると、高校生が地域からいなくなるだけでなく、働き盛りの親たちが家族ごと島を出てしまい、人口減少に歯止めがきかず、地域の少子高齢化は加速。伝統行事や一次産業は担い手不足で衰退し、地域の活気は失われ、やがて島に住む人がいなくなる。そのような暗い未来が見える中、生徒が行きたくなる、保護者が行かせたくなる、地域が活かしたくなる、ような「魅力的な学校をつくる」ことでした。様々な立場や意見の違いはありましたが、お互いの地域への想いや子どもたちへの想いを共有し、互いに折り合いながら、少しずつ連携を進めてきました。その結果うまれたのが「島前高校魅力化プロジェクト」です。

大学へ入学し、一層まちづくりにのめり込む。

高校生として町の活動に没頭していたのも束の間、受験が迫ってきました。特に志望大学はなかったものの、「まちづくりについてもっと学びたい」という欲求だけは明確にありました。

 複数の大学を受験した結果、早稲田大学へ進学が決定。学びたいと思っていた、総合的・学際的な知見を得られる社会科学部へ入学しました。そこから、ゼミも、大学の授業でも、まちづくりに関するインプットにのめり込みました。時には、地元の海士町に大学生30名ほどの方々に来島してもらって高校生に授業をする”AMAワゴン”という企画をしたり、岩手県の田野畑村という3.11で被災した町の仮設住宅で1ヶ月に渡って住み込み研究をするなど、まちづくりを学ぶ機会を最大限掴むために行動していました。

 僕の人生を変えたまちづくり。だからこそ、他の地域でもやってみたい、という気持ちが膨らんでいきました。

久米島の地域おこし協力隊として活動開始。塾の立ち上げを経験。

大学だけの学びではいよいよ物足りなくなり、より実践できる環境に身を置きたいという思いから、大学3年の春に休学を決意。そして、沖縄県の久米島町という、人口8000人の町に移住することにしました。久米島での主なミッションは、公営塾の立ち上げと、久米島高校魅力化プロジェクトの立ち上げです。

 なぜ久米島町か?僕が海士町で実践していたことを、別の地域でも行いたい。大学時代で学んだことを通して、どこまで自分が成長したのかを試したい。それが僕の動機でした。

素晴らしいキャリア教育を実施し、素晴らしいカリキュラムがあれば、子どもたちはきっと自分のやりたいことを実現できるはず。それが僕の信念でした。

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「働く」が変わらないと、社会は変わらない。

久米島での塾運営では、過去最高の合格実績を出すことができました。スタッフ一丸となって取り組んだ結果、前例のない成果に達成感もありました。一方で、社会と教育の相関性というか、それぞれの「理想の状態」に対する不一致についての課題感も感じ始めていました。

どんなに、教育が魅力的でも、その先の「働く」が魅力的じゃないと、何も変わらない。そう感じた僕は、組織人事のコンサルティングを行っているリンクアンドモチベーショングループに入社を決めました。

 入社後は大手企業の広報ツールの企画・制作を行う部隊に配属され、「コーポレートブランディング」の支援をさせていただきました。組織人事に関する考え方はもちろん、映像や紙ツールの制作において重要な点をたくさん学ばせていただきました。当時感じていた、「働く」を魅力的に見せる仕事、魅力を見つける仕事によって、多くの人に、仕事の意義や意味を伝えることができた3年間。苦しいこともたくさんあったけど、その分やりがいもたくさんありました。

ただ、これまで関わってきた「地域」という言葉が、僕の頭から離れることはありませんでした。

 世界規模で「持続可能な社会」を目指し、多くの企業が取り組んでいる今。「成長を前提」にしてきた社会から、不確実で、人口が減ることが目に見えている社会に突入している日本。そして資本主義でこの日本が成り立っているのであれば、持続可能性を高める方法は、経済的活動を活性化していくしか道がないと、強く感じていました。そのためには、地域で「魅力ある事業」を作り、経済を動かしていくこと。それが、今の日本の中で、求められていることだと思っています。

僕がFoundingBaseに入社した理由。

地域で「事業」をつくる。それを真正面で、取り組んでいる会社がFoundingBaseでした。FoundingBaseは様々な地域で深く根を張り、魅力ある事業を生み出している会社です。代表の佐々木(CEO)・林(CCO)とは、学生時代からよく飲みにいく中でした。そして、6年間ずっと「大脇、一緒に働こうぜ!」と言い続けてくれたのが、FoundingBaseでした。

 学生時代からずっと関わってきた「まちづくり」。そして、前職で学んだ「組織づくり」。次にFoundingBaseというフィールドで僕が目指すのは、地域の中での「事業づくり」。

 今、地域にはたくさんのまちづくり会社が入り、ワークショップやブランディングを行っています。でも、本当に地域でも求められるのは、そんな上部だけの手法ではなく、持続性を高めるために、稼げる「魅力的な事業」をつくること。そしてその事業を支えるための「強い組織」をつくることだと、僕は強く思っています。そして、それをど真ん中で体現しているのがFoundingBaseでした。

新潟県三条市を舞台にした、これからの挑戦。

海士町で過ごし、大学と久米島で学びと実践を繰り返し、東京の組織人事コンサルティング会社で働いてきた自分が、今やりたいこと。それは、新潟県三条市という町で、「働く」をUpdateすること。ものづくりの町として有名な、三条市。たくさんの企業が存在する一方で、他の地域と例外なく人口減少と高齢化が進んでいる。これから日本は、一人当たりの「価値」というのが相対的に高まっていく時代に入ります。そんな時代だからこそ、人を大事に、人が「働きたい!」と思える地域を、この三条からつくること。それが広がっていき、日本の地域に存在する企業が、さらに元気になる。そんな夢を描いています。「まちのためになにかしたい。」その思いは今、海士町だけのものではありません。

三条で実現したこと、FoundingBaseで実現していくことが近い将来、僕を育ててくれた海士町にとっても、恩返しになると信じています。

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