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属 康(Sakka Yasushi)

観光事業部/えりも町
1989年生まれ。福岡県福岡市出身。北海道大学経済学部を卒業後、石油元売り会社であるJX日鉱日石エネルギー(現ENEOS)株式会社に入社。工場での人事、支店での販売促進やセールス、本社での企画業務等を経験。2024年4月にFoundingBaseに入社、北海道えりも町での観光事業拠点立ち上げに従事。

<はじめに>

2023年4月に中途入社し、現在はえりも町唯一のキャンプ場である、百人浜オートキャンプ場を拠点に活動しています。エネルギー系の会社で仕事をしていた自分が、どうして地域共創ベンチャー企業であるFoundingBaseに入社したのか、その経緯について書かせていただきたいと思います。

<幼少期>

ちょっとした自慢?は、「平成元年11月11日1時1分生まれ」ということ。とにかくよく食べる元気な子供だったらしいですが、あんまり自分自身は記憶にありません。
家族は全員福岡の人間で、かつ自分が長男であることから、家族全員が自分が「福岡から出る」ということをあまり考えていなかったようです。土日は祖父母の家に行くのがルーティンで、夏〜秋は庭でBBQをするのが楽しみでした。

そんな中、父の仕事仲間と一緒に、家族で北海道に旅行に行くことになりました。10歳くらいの時です。両親のとっては、滅多にない遠方への家族旅行という感覚だったようなのですが、この旅行が人生を大きく左右することになりました。
九州では見たことがない、北海道の壮大な大地に子供ながらに衝撃を受け、帰る頃には、「この土地に住みたい!」という想いを強烈に持ちました。今振り返ると、人生で初めて「目標」ができたタイミングでした。その時見たサラブレッドの牧場と富良野・美瑛での景色は、大人になった今でも鮮明に覚えています。

<中高生時代>

学生時代の中心は部活動。中学の途中から、部活でラグビーを始めました。特に高校時代は、ラグビー中心の毎日でしたが、ここで苦楽を共にし、今では家族ぐるみで付き合える、一生の友人と出会えたことは、人生において、とても価値ある3年間でした。

高校の部活を引退し、初めて”受験勉強”にとりかかりました。「北海道に住む」という目標実現に向け「北海道大学に行きます(学部はどこでもいい)」ということを公式に宣言し、誰が何と言おうとも「他は受けない」ということで”受験勉強”を本格的に開始しました。
当然、全く授業を聞いていない、教科書がめちゃくちゃ綺麗な学生が、部活引退後の11月から勉強を始めたところで間に合う訳なく、案の定、現役の時は不合格で浪人。
浪人生活は、受ける授業や時間配分を決めたり等、自分で考えて決めて動きながら目標に近づけている感じがして、愉しかったです。そして、予備校・親からの「せめて他もどこか受けたら?」という助言は聞かず、浪人時代も現役時代同様「他は受けない」という意志(意地?)を貫き通し、無事に北海道大学に進学することになりました。

<大学時代>

大学でも、ラグビー部に所属しました。同期部員で北海道出身は1人だけ、先輩後輩含め大半が道外出身で、全国様々な場所から集まったメンバーと過ごした日々は、非常に刺激的で、全国色々な場所で生活してみたいと思うようになりました。
就活シーズンであった3年生の時、自分自身の就職やこの先どうして行きたいかということについては、恥ずかしながらかなり曖昧でした。特に「どの業界に行きたい」や「何の仕事をしたい」というのが、定まっていなかったことから、「会った人が良いと思った会社を受けよう」という直感ベースで、行きたいと思ったとこだけエントリーしようということで進めました。
その中で最も「一緒に仕事をしてみたい」と思ったのが、前職のENEOS(当時はJX日鉱日石エネルギー)の方でした。学生の私に対しても丁寧に対応いただいた点、何より会社の悪い(=変えないといけない)と思っていることと、自分はこうしていきたいと思っていることを包み隠さず話をしてくれたこと。基本就活生には良い話しかしない(分からないこともないです)と思っていた自分にとって、とても魅力的でした。特にその方が40代後半の管理職クラスの方だったというのも大きいかもしれません。結果としてこの出会いをきっかけに、エントリーし入社を決めました。

<前職時代> 

前職では、支店・製造現場・本社と様々な拠点で仕事を経験をさせてもらいました。
製造現場では、日々当たり前にある燃料油や洗剤は、実は裏では様々なトラブルがありながらも24時間工場を稼働させている現場の方、運ぶ物流会社の方、実際に販売している各地の方々の支えがあってこそだということを肌で感じることができました。
また、自分が前職でやりたいと思っていた仕事であった「セールス」という仕事では、現場の声も聞きながら、経営層に直接提案ができることもあり、自分の中でやりがいを感じました。夜の会食等でも学びになることが多く、充実した日々でした。こうした経験は、自分の中で「現場」「一次情報」を知る大切さを学ばせてもらう機会となりました。
本社の企画系の仕事では、様々な方と議論しながら、答えが決まっていない中長期のことを検討するものでした。正直苦戦はしましたが、忙しくも毎日が勉強となる充実した日々を過ごさせていただきました。

<Founding Baseに入った理由>

記載したとおり、前職ではとても充実した貴重な経験ができる日々を送っていましたが、そうした中で何故、Founding Baseに入ったかについて話をしたいと思います。
きっかけは2022年です。第一子の誕生、先輩と祖父が亡くなるという出来事が、1ヶ月ほどの期間で立て続けにありました。「人生いつ何が起きてもおかしくない」と思わせられる出来事であり、漠然とながら「死ぬ時に後悔しない人生とはなんだろうか?」と考えるようになりました。

前職に不満があったかというと、そういう訳ではありません。しかしながら、先ほど記載した3つの出来事を踏まえ、「このままで良いのだろうか?」という気持ちが少なからずありました。
そうした中、偶然目に留まったのがFounding Base。正直、積極的に転職活動をしていた訳ではなく、「現地に入って取り組んでいる、面白そうな会社だな」という気楽な気持ちで「聞くだけ聞いてみようかな」くらいのノリで受けたというのが正直なところです。
ですが、面談で”「自由」をUpdateする”というMissionの下、”自らの意志”で行動を起こし、”本気で”まちづくりに取り組んでいる熱量の高さを感じました。
そして、地域の課題を解決していき、まちづくりにおいてNo.1を目指すということを聞き、「自分がやりたい!」という明確な意志が生まれました。最後は、過去の自分の進路を決めた時と同じく、自分の中の「意志」がその他の課題を凌駕するほどのものか?を自問自答し、(大袈裟ですが)「死ぬ時に後悔しない人生」に近づけるべく、転職することを決意しました。

<これから>

「地域の価値を共創し、地域という選択肢を提供する」
Missionはもちろんですが、このVisionにも非常に共感しています。Founding Baseの一員として、新しい地域の選択肢を増やすことができるよう、愚直に取り組んでいきたいと思っています。
ありがたいことに、自分が人生で初めて憧れ、目標となった場所である北海道で、まちづくりに関わる仕事をさせていただくことになりました。自分が子供の頃に抱いた気持ちを今度は別の誰かに届けるチャンスがあるかもしれないと思い、非常にワクワクしています。
えりも町にきてまだ僅かではありますが、住んでみて感じているのは「魅力的な町」であるということ。とは言ってもこの言葉だけでは伝わりません。この伝わらない部分をどういった形で具体化していくのかが、この仕事の面白みだと勝手ながら思っています。現地で、地域の方々と一緒に価値を『共創』できるよう、愉しむことを忘れずに、これから取り組んでいきたいと思います。

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